2018-08-19

    2018年08月19日(日) VHSビデオデッキの復活を切に望む

    ■昨日、家人をパート先に車で送った後、さて何をしようかと考えた。日頃ふと、時間ができたらあれをしよう、これをしようと思いつくのだが、いざ急に時間ができたりすると、決まって何をしようと思っていたのか思い出せない。特に最近は記憶を維持する力(記憶力とは少々違う)の低下が顕著である。記憶はすぐにできるのだ。しかしそれを頭のどこにしまい込んだか、そしてそれの重要度がどれくらいだったかを意識し続けることが困難になっているのだ。
     これは実はけっこう厄介だ。記憶を完全に忘れてしまう方が楽だ。完全に忘れてしまうと、後々苦しむことがない。元が消え去ってしまっているのだから、そこから生まれるものはもう何もないのだ。だが元そのものが残っていることを覚えている場合は苦しむことになる。いったい何だったのかと一頻り時間をかけることになる。それで元を思い出すことができれば、ある種の快楽を感じるのだけれども、結局思い出せなかったら気持ちは最悪になる。時に精神状態が極めて悪くなったりもするから性質が悪い。
     この時もそういう感じだった。一頻り思い出そうと考えたものの、考えたところで何も思い出せない。僕がやりたいと思っていたことは今、脳の迷宮に入り込んでいる。それが脱出するのは、おそらく僕が予期もしていない時だろう。

     そんなこんなで仕方なく僕は例によって何気にテレビを眺めつつ、昨日のこのブログの原稿(「2018年08月18日(土) 東京オリンピック、真夜中にやれ)を書いていた。そしてそれを書き終えると、やろうと思っていたことは、やっぱり脳の迷宮の中から出てきていなかったから、そのままテレビを眺め続けていた。すると、あることが気になった。

    「あること」、それはテレビのラックの横に何本かのVHSのビデオテープが平積みされ続けいていることだ。
     テレビの録画は2年程前にVHSテープからハードディスクへの録画方式に変えた。それ以来VHSビデオデッキは撤去せずに、そのままラックに据え置いてはいるものの、ほとんど使っていない。つまりVHSのビデオテープも使っていないということだ。
     だがラックの横には、ずっと何本かのVHSのビデオテープが平積みされたままだ。休みのたびに、その周りを掃除機掛けしている自分だが、その都度それを、まるで飾り物のオブジェとして存在しているように捉えているのか、ほぼ気にしたことがなかった。家人も平日に同じように、その周りを掃除機掛けしているはずだが、その存在について言及があったことはない。もちろん娘もそうだった。つまり「何本かのVHSのビデオテープの平積み」は、この家に存在する人間たちから特にその存在を疑問視されてこなかったというわけである。
     しかし、僕がその時どんな精神状態であったか自分でもわからないのだが、とにかくその時は、その「何本かのVHSのビデオテープの平積み」が気になった。「これってもう、けっこう長い間この状態のまま放置されてるよなあ」と思い、更に「なんでこんなものをここに置きっぱなしにしているのだろう」と、その存在に、やっと疑問を感じたわけである。
     おそらくなのだが、疑問を感じるに至ったのには、いくつかの理由がある。その一つに最近、本気でブルーレイレコーダーの購入を考え始めたことが挙げられるだろう。録画はハードディスクにしていて、よほどのことがない限り観たら削除するから今のところその容量には余裕がある。しかしハードディスクに残しっぱなしというのは実は極めて危険だと個人的には思っている。過去のPCでの幾度かの経験から「ハードディスクは、いきなり壊れて使えなくなる」というのが僕の持論で、それは録画用に使っているハードディスクも同様だと僕は思っているのだ。
     ハードディスクにはお気に入りの映画やドラマ等、何十本かのコンテンツが録画されているのだが、ハードディスクが壊れたらすべてが観れなくなる。そしてそれがいつ起こるか予見は100%不可能。もし現実にいきなりそれが起こったら……。
     それを思うと、やはりブルーレイレコーダーにコンテンツを移し、できるのであればDVDーR等に移動させるべきと思っているのである。
     この意識が、おそらくこの度の「何本かのVHSのビデオテープの平積み」の存在に対する疑問の大きな構成部分であろう。

     ではいったいこの「何本かのVHSのビデオテープ」には何が録画されているのだろうと思った。何本かのビデオテープの背表紙には、そこにあるコンテンツを容易に想像できるような記載がされていた。例えば「〇〇〇のお気に入り」(「〇〇〇」とは娘の名前である)の類だったり、ドラマのタイトルそのものだったりだ。それらは中身を確かめなくともいい。僕以外の家族のものと思われるものは、基本的にそのまま保存である。なぜなら勝手に処分などしたら、後でどエラく怒られたりするからである。
     問題は何の記載もないビデオテープだ。一目で新品だとわかるものであればいいのだが、どれもテープが途中まで進んでいる状態だ。つまり新品ではなく誰かが何らかのコンテンツを録画しているものである。
     確認するにはビデオデッキにテープを突っ込んで再生させるしかない。ハードディスクのように簡単に進めたり戻したりできないアナログ方式は、バリバリにそれを使っていた頃は、さほど思いもしなかったが、今となっては恐ろしいほどに時間を要する代物だと思わざるを得ない。
     一本、また一本と早送り再生をさせながら何が録画されているのかを確かめたが、そのほとんどが昔、家人や娘が録画していたドラマ類の残骸であった。
     文句や苦情を言うつもりはないが、家人や娘は、こういったものの管理に関しては、まったくもって無頓着である。録画して観終えると翌週には同じビデオテープで録画する。その際にテープの位置を普通は確認するものだが、そういうところも適当だ。テープの頭から録画されているものもあれば、途中からいきなり重ね録りしているものもある。彼女たちにとってはビデオテープなど消耗品であり、更にはそこに録画されたコンテンツなどは、よほどのことがない限り「一回観たら終わり」のもの。それで結局「整理するのは僕」という構図になっていた。(これは録画方式がハードディスクになった今でも実は踏襲されているので困ったものである。)
     結局のところ何が録画されているのか不明であったビデオテープは、一本を除き家人や娘がドラマ類を録画してそのままにしていたものであった。
     残りの一本はと言うと、数年前に僕が使ったもので、そこには「ゲゲゲの女房」が3週間分ほど録画されていた。そう言えば、あの頃このドラマが好きで必ず観ていたものだったと思い出し、結局そのまま観続けてしまった。
     しかし悲しいことにすべてを録画していたわけではないから、そのビデオテープを観終った後、ドラマの続きが観れなくて、それが予期していなかったストレスになってしまった。観始めてしまった時に、それはわかっていたはずなのに、それをやらかしてしまう自分をアホだと思ってしまった。こんなこと今までに何度もやらかしているのにな。本当に学習能力のない自分である。

     その後、何本かのビデオテープは再びテレビのラックの横に平積み状態とした。家人も娘も不在であるがゆえに、結局のところどうにもできなかったからである。さて、これらのビデオテープ、いつ、どう処分することになりますやら……。

     それにしても家にはまだかなり数のビデオテープが残っている。VHSもそうだが、8ミリビデオもだ。これをデジタル化せねばならんと以前から思っているのだけれど、まったく実現できていない。と言うのもデジタル化してDVD等に焼いて残すということに少なからぬ疑問を持っているからだ。
     以前も書いたと思うが、デジタル化してDVD等の円盤に焼いておけば、ほぼ永久に保存が可能だ、なんて思ったら大間違いだ。特にDVDが発売された当時は、それを連想させるようなCMが多かったから、未だにそう思っている方も多いのではないか。
     きちんとDVDやブルーレイとして製造されたコンテンツ商品ならまだしも、自分でDVD-Rに焼いたりしたものは、はっきり言って、いつダメになるかわかったもんじゃない。特に「50枚1000円」といった安物円盤に焼いたものなどは使っている材料が安物だから、お世辞にも品質が良いとは言えず、経年劣化は顕著であって、10年も経てば読み込めなくなるケースが多い。(僕もそのおかげで幾度となく泣きを見た。)
     これも以前書いたように思うが、コンピュータのデータは、やっぱり未だに磁気テープで保存されているケースが多い。磁気テープは登場して既に数十年経ち、保存力も相応の実績があるからだ。しかしDVDやブルーレイといった媒体は歴史が浅い。例えばDVDは1996年に登場したが普及し始めたのは2002年辺りだ。よってその頃に保存されたものでも、まだ16年くらいの実績しかない。しかも前述したとおり安物DVD-Rなどは話にならないレベルと言っていいから、一般家庭で保存に使っていたものの大半は、いつ読み込めなくなるかわかったものではないと思う。
     個人的に思うのだが、僕は、(確かに今となっては扱い辛いのかも知れないが)やはり今でもカセットテープやVHSビデオテープといった磁気テープが好きだ。かつてあれほど「きちんと保存しないと、すぐに劣化する」と言われていたものだが、どっこいそんなことは(僕個人のケースだが)まったくと言っていいほどない。例えば僕が中学生だった頃に録音したカセットテープなどは、40年以上経った今でも、しっかりと当時の音を再生してくれる。押入れのダンボール箱の中に無造作に入れていたものでも、40年ぶりにラジカセに突っ込んで再生させると、きちんと当時の音が出る。大学生だった頃に録画したビデオテープも同様だ。今でもビデオデッキに入れて再生ボタンを押せば、きちんと映像が出てくる。もちろんこれもやっぱり押入れのダンボール箱の中に埃にまみれた状態で長年放ったらかしにしていたものだ。思うに世間で言われているほど磁気テープの保存力は弱くない。むしろDVDやらブルーレイを売りたいがために嘘を流したんじゃないかと思えるほどだ。
     しかし残念なことに、それだけの保存力を持つ磁気テープも、それを再生する機械がなければお手上げだ。今やVHSテープを再生するビデオデッキを生産している会社はない。僕のように昔買ったビデオデッキが動いてくれればいいが、それが壊れて動かなくなったらもうおしまいだし、そもそもビデオデッキ自体がないというご家庭が大半だろう。

     DVDやらブルーレイやら、HDD、その他各種のデジタルメディア媒体を売りたいのが業界の望みなのだろうが、化けの皮が剥げてきているのは明白だ。賢い消費者はいずれ再び磁気テープの良さを再認識すると思うし、そもそもDVDやらブルーレイの保存力に疑問を持っている僕みたいな人間は、今でも可能であれば磁気テープを使おうと試みるものだ。だからもういい加減、関連業界さんには化けの皮を自ら剥がしてもらい、再びVHSテープ用のビデオデッキを生産販売してもらいたい。
     個人的な見解だけれど、確かにDVDやらブルーレイがブームになっていた頃は、売れなかっただろうが、今は違うと思う。生産販売すれば以前ほどではないにしろ、そこそこ売れるのではないかと僕は睨んでいる。

     パナソニックさん、ソニーさん、シャープさん、東芝さん、日立さん、どうでしょう?

     あっ、最後まで頑張っていたフナイさんを忘れていた。 何とか復活させてくれないですかねぇ。

     できれば8mmビデオも復活してくれんものか。


    ■最近、個人的に非常にうっとおしく思っているCMベスト3

    ・ハズキルーペのCM
     ずっと同じもので、しつこく流れているからか、渡辺謙や菊川怜のわざとらしい言動がウザくて仕方がない。

    ・トリバゴのCM
     多い。しつこい。くどい。
     大きなお世話だ。

    ・Galaxy(ギャラクシー)S9のCM
     以前からだが、あのCM声優の声と無駄なワンパターンのテンション上げがうざくて仕方がない。他のCMでも同じ喋り方をしているが、他に能がないのか? まるでガキが無駄にはしゃいでいるだけにしか聞こえない。


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    イクタシバ イタル
    いくたしば いたる 
    50代半ばのオッサン。
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    好き勝手なことを書いています。
    望んでいるのは結局穏やかな暮らしなのでしょう。

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