2018-08-01

    2018年08月01日(水) 「熱さとの闘いの日々」と「募金」のこと

    ■8月に突入。「暑さ寒さも彼岸まで」と言うが、今年のこの酷暑に、それが当てはまるのだろうか。毎日が暑さとの闘いだ。「暑さ」という漢字を書いたが所感としてはもう「暑さ」ではなく「熱さ」だ。まさしく「熱射」、「熱風」、そして「熱波」の毎日だ。このブログのタイトルに「闘いの日々」とあるが、最近の「闘い」のメインの相手は、この「熱さ」だ。仕事を含めた諸々の「闘い」でアップアップの僕なのに、更なる負荷で本当にもういつ倒れてもおかしくない。それくらい僕は身体はもちろん、心もポンコツなのだ。

     ちなみに最近の僕の「熱さ」との闘いのための道具を紹介しておこう。

     ・500mlペットボトルの冷茶1本
     ・350mgペットボトルで凍らせたアクエリアス1本
     ・リポビタンゴールド1本
     ・ビオレ汗拭きシート
     ・普通のタオル1枚
     ・ハンドタオル1枚
     ・扇子

     鞄に毎日これらを押し込んでいる。鞄に入っているのは、もちろんこれだけではない。複数のノートをはじめとする仕事道具も入っている。折り畳み傘も昔からの習慣で毎日鞄に入れている。汗が引いた後の冷房下での冷え対応のための薄いジャケットも数年前から持ち歩いている。
     はっきり言って鞄は毎日これらが入るからパンパンに膨れている。重さも前述の飲料の類だけで1Kg(1リットル)あって、他の諸々を加えると更なる重さになっている。(真剣に量ると「いったい何キロの荷物を毎日持ち歩いているんじゃ、俺は!」となること必至なので、ある意味怖くて量っていない。)
     このような鞄を僕は毎日肩からぶら下げて(鞄はショルダーバッグのタイプなのである)、この酷暑の中、大汗をかきながら家と職場を往復している。もちろん帰宅時は飲料の類はすべて空になっているから、重さはいくらか軽減される。だがペットボトルの類は再利用する。(お茶は自宅で沸かして冷やしたものを、アクエリアスは2リットルのものを安く買って自宅で冷やしたものを、それぞれのペットボトルに入れている。それぞれを買っていたらお金がかかって仕方ないのだ。)もちろんタオルの類も洗濯して再利用だ。だから、やっぱり鞄は膨らんでパンパンの状態のままである。酷暑の中、こんなパンパンに膨らんだ鞄を持ち歩いているから余計に大汗をかくのだと思うのだが、だからと言って、じっとしていても体中から汗が噴き出す酷暑の中を、何の対策もせずに出歩くような元気など僕には、もはやない。途中途中で休憩して汗を拭き、そして水分を補給しなければ、とてもじゃないが歩いていられない。そのために水分をはじめとするものを携帯せざるを得ないのだ。自分でもこんな重いものを毎日持ち歩きたくないと常々思っているのだが、体調維持のためには、致し方がないのである。だから願うのだ。早く普通の夏の気候になってくれと。

    ■今日、柄にもなく募金をしてしまった。先日の大阪北部地震及び、中国地方の大雨による災害支援の募金だ。現在常駐している客先にて募金の呼び掛けがあったので、それに応える形で募金した。
     額は大したものではない。だがだからといって10円20円レベルでもない。今の僕の小遣い事情を鑑みて、これくらいなら何とか募金できるかなと思えた額である。
     実はここ20年ほど、いや、バブルが崩壊した頃からか、僕はほとんど募金というものをしてこなかった。それまでは少ない額ではあったが、チョコチョコと募金の類をしていた。しかし、バブル崩壊頃から色々な募金詐欺のようなものが顕著になった。その頃のことだ。一人暮らしをしていた僕の部屋に突然見知らぬ若者がやってきて「恵まれない子供のための募金を募っています」と言ってきた。手には募金箱を持ち、肩には何かどこかの慈善団体かと思わせるような団体名のようなものが書かれていた襷をかけていた。僕はこの募金がどんな団体を経由して、どういった子供たちのために、どういう形で使われるのかと訊いた。するとその若者は何も答えることなく、すぐにその場を立ち去った。僕に悪意はなく単に興味があったから訊いただけだったのだが、後から当時そういった募金詐欺が流行っているということを知人から聞かされた。何でも募金と称してお金を集め、それを自分たちの遊行費にしていたらしい。
     それ以来僕は、募金というものに慎重になってしまった。いきなりどこかの団体から寄付を募る文書が送られてきて、そこに頼みもしないのに僕の名前が印刷されたシールのシートも入っていたということが何度かあったりしたことも、それに拍車をかけた。そんなシールを勝手に作るお金や、それらを勝手に送り付けるための費用を賄うお金があるのなら、どうしてそれを募金に回さないのか、という疑問も加わった。そしてそれらの疑念が、募金したお金が本当に困っている人達のもとに届いているのかという根本にまで入り込んでしまった。そして前述したように、この二十数年もの間、僕はほとんど自発的な募金というものをしてこなかった。

     では、そんな僕がどうして今日、急に募金をしたのか。理由は主に二つある。
     一つは募金の活動主が客先の労働組合という明確な団体であったからだ。いくら何でも日本有数の大企業の労働組合が自分たちのこづかい稼ぎのために募金と偽ってお金を搾取するような馬鹿なことはしないだろう。間違いなくきちんと被災者の皆さんへ(大した額ではないが)僕の心ばかりのお見舞いが届くだろうと思えたのだ。
     もう一つは、ここ2ヶ月で発生したいくつもの災害に被災された方々のことが他人事とは思えないからだ。地震、大雨、台風が続いて、僕も被災された方々ほどではないにしろ、それなりに困らされた。それは何とか一人で対処できるものだったのだけれど、おそらくそれは単に幸運だったというだけだと思えたのだ。何か一つ間違えば僕が住むこの地域もひょっとしたら甚大な被害を被っていたかもしれない。そしてもし実際に被害を被ったとしたら、おそらく自分一人で対応なんてできっこない。やっぱり誰かに助けを求めると思うのだ。それを思うと今のこんな僕でも何かできないかと思ったのである。こういう時はやはり助け合わねばならんのだ。
     本当なら被災地に行ってボランティア活動を行うのがいいのだろうが、正直言って僕みたいなポンコツの体の持ち主が被災地に行っても、まず何の役にも立てない。この酷暑に間違いなくぶっ倒れ、かえって周りに迷惑をかけるだけだ。だからそんな僕にできるのは募金ぐらいしかないと思ったのだ。
     これを機会に僕はお金の使い方をもう少し考えてみようと思う。たぶん無駄金をけっこう使っていると思うのだ。損得勘定ばかりをするのも何だか情けなくなってきた。お金が欲しいということは否定できない事実だ。少しでも多くのお金を自分の手元に呼び込みたいというのも偽らざる気持ちだ。だがそれでも少しは何か社会に本当に役に立つ使い方をしたいではないか。
     きっとそうすることで自分のもとに再び回ってくるお金だってあるんじゃなかろうか、と思ったりしている今日この頃の僕なのである。



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