2018-06-11

    第93話 最初に憧れたオートバイ(1) (初掲載 2017年6月19(月))

    ◆僕が最初に憧れたオートバイは何だったのだろうか?
     そもそも自分がいつからオートバイというものに興味を持ち始めたのかを思い出してみる。

     僕が初めてオートバイというものに興味を持ったのは、確か高校生になった頃だったと記憶している。それまでは、はっきり言って全然興味がなかった。親が某有名自動車会社に勤めていたこともあって、僕の家ではオートバイなんてものは、この世に存在していないかのような扱いで、自動車、それも父親が勤めていた某自動車会社が作る自動車こそが乗り物の王様だった。小さい頃からそれが当たり前だと思っていた僕だったのだけれど、高校生であったある日、衝撃的な出来事が起こった。それは僕にとっては、ある意味「ルネッサンス」と言うか、いやいや「ビッグバン」とでも例えれば良いか、とにかくそれまで自動車というものしか目の前で実際に操作して動くものを見たことがなかった僕に、その出来事は未知なる新風を吹き込んだのであった。

     その衝撃的な出来事とは、母親が原付免許を取得し、原動機付自転車、いわゆる「原チャリ」を買ったことである。

     僕はその数週間前から母親が何やら見たことのないテキストとにらめっこをしながら「ウーン」と唸っている姿を目撃していた。そして時にそのテキストをのぞき見していたのだけど、そこには僕にとってはあまり馴染みのない交通標識や長ったらしい文章、それにどうとでも取れる選択肢のような短い文章が並んでいたものだから、いったいこれを見ながら母親が何を唸っているのだろうと不思議に思った。テキストの表紙には「原動機付自転車」だとか「試験」だとかの文言があったから母親が何かの試験を受けようとしているのだということはわかったのだが、それ以上のことはわからなかった。
     ある時、母親に「それは何?」と訊いたことがあったが、母親は集中していたのか、僕のその質問に「何でもいい」とそっけない答えを返したものだから、僕もそれ以上興味を持つことはなかった。

     そんなことがあってから数週間後のある日、前述したとおり、いきなり家に「原チャリ」というものがやってきた。
     僕はその姿に見覚えがあった。それは間違いなくテレビのコマーシャルでフランスの女優であるソフィア・ローレンが軽快な口調で「ラッタッター!」と叫びながら紹介していたものだ。

     名前を「ロード・パル」と言った。ホンダ(本田技研工業)が製造販売し、その後爆発的にヒットした「原チャリ」である。
     その様は今のスクータータイプの原チャリには程遠く、もちろん「オートバイ」とも呼べないような見てくれで、まさに「原動機付自転車」という呼び名の如くミニサイクリング自転車にエンジンを載せただけというような代物だった。それゆえ僕も家にやってきたそれを初めて見た時は「ブサイクなミニサイクリング」と思った。更にはその横にソフィア・ローレンとは似ても似つかない自分の母親が嬉しそうな顔をして立っていて、コマーシャルとのギャップを半端なく醸し出していたものだから白けたような感覚をも持ってしまった。そんなブサイクなミニサイクリングを買うくらいなら、もう少し上等な自転車でも買えばいいのにとさえ思った。今目の前で起こっている光景は「俺には関係ない」の一言を発すれば、それで自分の目の前から消えるはずだった。
     しかし僕はその次の瞬間、そのロード・パルに目が釘付けになってしまった。

     それが発するエンジン音に当時の僕は魅せられてしまったのだ。

     そのエンジン音は今にして思えば超非力な音だった。同じ50ccでも今の原チャリの方が何倍も活力がある。だが当時はそれでも世間知らずの僕には十分魅力的だった。エンジン音と共にマフラーから吐き出される煙にも、それは特に珍しものでもないはずなのに心が躍った。これらはテレビのコマーシャルでソフィア・ローレンが「ラッタッター!」と言って、それに乗っている姿からは決して得られないものであり、ましてや母親がそれに跨っている姿なんぞからは想像さえできないものだった。

     この感覚を何と表し何と形容すればいいか?

     それは小学生だった頃に初めてビートルズの「Let it be」を聴いた時に感じた衝撃にも似ていたのだけれど、この時の僕にはまったくわからなかった。
     後年、この時の感覚は、それまでに感じたことのなかった未知なる高揚感の一つとでも表現するしかないと思った。そしてやっぱり今でもそうとしか表現できない。

    (次回「第94話 最初に憧れたオートバイ(2)」に続く)


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    イクタシバ イタル
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