2018-06-09

    2018年6月9日(土) 雑記

    ■またもやあっという間に一週間が経った。「あっという間」と書くと非常にありきたりな表現だが、僕の気持ちの上ではそれはありきたりではなくて結構重いものになっている。たぶんもっといい表現だとか言葉があるのだろうが文才がなく、かつボキャブラリが少ない僕には「あっという間」という文言しか浮かばないし、今は言葉を捻りだそうという気持ちも更々ない。本当に「あっという間」だったのだ。もちろん生活が充実していたなんてことは、これっぽっちもない。ただただ淡々と日常を過ごしていたのだけど、そのスピードがかつてないほどに速いということだ。
     それにしても年々時間の経つスピードが速くなっている。おそらく僕のような年代の方々や更に上の年代の方々は同じようにそれを痛烈に感じられているのではないだろうか。(もし感じていなかったら今も若々しいということなのだろうが高い確率でそういう方々は少数だろう。)振り返ってみるに子供の頃は時間が経つのが果てしなく遅かった。今でも覚えているが小学生だった頃の授業時間の何と長かったこと。確か小学校の一授業の時間は40分だったと記憶しているが、僕は毎日毎時間、教室の前に掛けられていた時計とにらめっこをしていた。
     あと35分。
     あと30分。
     あと25分……。
     あと……。
     やっとのことでチャイムが鳴るのを聞くと僕はいつも「やれやれ、やっと終わった」と思ったものだった。もちろんそんなふうに時計ばかりを睨みつけていたから教諭が話すことなんてほとんど聞いていなかった。だから僕は小学校時代は本当に馬鹿でアホな児童だった。
     中学生になると少しはましになったが、相変わらず好きなこと以外に関しては何をしていても「早く終わらんかなあ」と時間ばかりを気にしていた。時間はやっぱりゆっくりにしか経たなくて僕はよくウンザリ感を味わったものだった。
     それから高校、大学と進み、勉強よりもアルバイトに精を出していたのだけれど、その頃もやっぱり時間ばかりを意識していて「あとXX時間でバイトが終わる」だとか、「XX時になれば帰れる」だなんてことばかり考えていた。そしてそれは社会人になってもあまりかわらなかった。いや社会人になって死ぬほど働かねばならなくなった頃なんかは、いつまで経っても時間が進まないという感覚にさえなった。やってもやっても仕事は終わらない。終わったら終わったですぐに次の作業がやってくる。この頃になると僕は「効率」と「保険」を意識していて何の作業においても、できるだけ前倒しで終わらせようと心掛けるようになっていたのだけれど、それがかえって僕の時間経過感覚を敏感にさせていたのだろう。加えて今と違って当時は作業が早く終われば終わるほど「こいつは今手が空いているから」という基準による仕事の割り振りが横行していた時代だったから、やればやるほど仕事が降ってきた。もちろんその頃も僕はやっぱり時間を気にするという感覚が健在でもあったから、やっぱり時間と競争していた。普通に考えればそれほどたくさんの仕事をさせられていたのであれば、その頃だってあっという間に時間が経っただろうと思うのだが、それでも時間が経つ速度は驚くほど遅かった。かなりの作業をこなして、もうそろそろ終電を意識しなければならない時刻だろうと思って時計を見ると、まだまだ時間が有り余っていたなんてことがしょっちゅうあった。その度に僕は「まだこんな時間かよ」と心の中で憤慨し、わざとまだ仕事が終わっていない振りをしたものだった。真面目に素直に「終わりました」だなんて報告したところで早く帰れることなんて皆無だった。
     終電間際まで働く。
     これが僕がまだ若かった時代のIT業界の常識だった。

     それからも時間が経つ速度の遅さは健在だった。
     一年が経つのが速いと感じ始めたのはいつ頃からだっただろうか。おそらく30代の後半頃には既にそうなっていたように思う。40代に入るとそれはますます顕著になり、もはや時間の経過についていくのがやっと、というようになった。50代に突入するともはや時間の経過速度について行けなくなることが当たり前になった。50代半ばになった今などは、気が付けば一時間が過ぎていて、気が付けば昼になり、気が付けば夕方だ。そして「もう寝る時刻」となる。
     完全に時間が経つスピードが、僕が持つスピードを凌駕するようになってしまった。いや、正しくは時間が経つスピードは昔からまったく変わっていない。ただ単に僕が老いてしまって、進むスピードが遅くなっているということだ。そして、それが最近は日の単位で進行しているということをはっきりと自覚するようになった。
     時間が経つスピードを時速100Kmとすると、子供だった頃の僕の進むスピードはきっとその10倍以上はあっただろう。もしかしたら光速といったレベルだったかも知れない。それが歳を重ねるにつれ倍率が下がり、いつの間にか同等になって、やがて気が付けばそれよりも遅くなった。
     僕が進むスピードは今は時速何Kmだろう。おそらく50Kmもあればいい方だろう。そして前述したように日々それは遅くなっていると感じている。0Kmになった時、それはすなわちこの世から消える時だ。今の減っていくペースを考えると、さほど遠い未来ではなさそうだ。そうやって時が進むスピードに置いていかれた時、生きとし生けるものは消えていくんだろう。

     あれっ、もうこんな時間か。以前はこれくらいの文量なら書くのに30分もかからなかったのに。
     どうやらすべてのことにおいてスピードは鈍化するようだ。


    ■先日観た映画のこと。
     今更ながらに「ターミネーター 新起動 ジェニシス」という映画を観た。2015年の作品だ。
     過去に「ターミネーター3」、「ターミネーター4」を観て、そのくだらなさに辟易していて今回も大して期待していなかったのだが観終って思ったことは、やはり駄作だったということ。まったくと言っていいほど予備知識なしで観たのだが、まさか「ジョン・コナー」が敵になっているとは思いもしなかった。

     ここまでいじくり回すか?

     やはり「ターミネーター」は「ターミネータ2」が真の最終作だ。公開当時僕はテレビで放送された「ターミネーター」だけでなく、レンタルビデオ屋で「ターミネーター」のVHSビデオを借りて数回観てそのストーリーを把握し、その翌日に映画館に行って「ターミネータ2」を観た。まだシュワルツネッガー演じるターミネータが敵か味方かバラされていなかった頃だ。
    「ターミネータ2」は期待に充分応えてくれた映画だった。たぶんそう思ったのは僕だけではあるまい。確かこの映画は全世界でかなりの興行収入を上げ、今でもターミネーターシリーズの中で最大のはずだ。テレビで放送されたりすると今でも僕は観てしまう。完全にストーリーを覚えているし、次が何のシーンかも知っているのに観てしまう。今でもそれくらい面白みを感じる映画だ。
     なのに後続の作品のくだらなさと言ったら……。
     どうしてあんなことになったのだろうか。やはりジェームス・キャメロンでなければ、あの世界観は描けないのだろうか。
     そんなことを思っていたら、どうやら「ターミネーター6」(?)が製作されていると聞いた。しかもやっとジェームス・キャメロンがプロデューサーとしてだが復帰しているらしい。詳細は知らないがストーリーとしては「ターミネータ2」の続編という位置づけらしい。今度こそ期待に応えてくれるのかしら?


    ■さて、もう昼だ。
     本当にあっという間だ。
     昼飯は何だろう。
     昼飯後は雑草抜きをせねばな。梅雨に入ったが今日は天気が良い。だから今のうちにやっておかねばな。それでなくても、すぐに伸びるのだから。

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    いくたしば いたる 
    50代半ばのオッサン。
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    好き勝手なことを書いています。
    望んでいるのは結局穏やかな暮らしなのでしょう。

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