2018-05-13

    第50話 ギター(1) (初掲載 2017年4月17(月))

    ◆現在のところ自宅には2本のギターがある。1本はフォークギター、いや今はアコースティックギター、略して「アコギ」だね。そしてもう1本はエレキギターだ。
     最近、久しぶりにギター熱が復活してきて、時間をみては少しずつ練習している。

     僕は小学5年生の頃にギターに目覚めた。いや正確には幼稚園に入る前の幼少の頃からギターというものに執着があった。確か4歳くらいの時だ。僕はブリキ製の小さなおもちゃのギターがすごく好きで、よくそれで遊んでいたのだけれど、ある時それが壊れてしまった。僕はそれが悲しくて大そう泣いたようだ。そんな僕を見た親はかわいそうに思ったのだろう、同じようなおもちゃのギターを探したらしい。しかし、どこにもそんなおもちゃは置いていなかった。そのため仕方なく親は楽器屋に行ってウクレレを買い求め、それを僕に与えた。僕は親からそのウクレレを渡された時のことを、今でも薄らと覚えている。
     ではそれから幼い僕が一生懸命ウクレレを弾いたかというと、まったくそんなことはなくて、ウクレレはやがて箱にしまわれて押し入れの中に眠ることになった。そもそも僕はもちろん、親も、そして周りにいた他の誰もウクレレどころかハーモニカといった簡単な楽器でさえまともに演ずることができなかったから僕がウクレレをきちんと弾くことなんてなかった。単に四本の弦が張ってあるギターのようなおもちゃとしてウクレレは存在したのだ。
     そんな家であったが、実はウクレレがやってくる前に既にガットギター(クラシックギター)が1本存在していた。どんな経緯でそれが家に存在するようになったのか僕は今も知らないのだけれど、押し入れの中にそれはケースの類に入れられることなく裸のまま置かれていた。
     父はたまに、本当にたまに思い出したかのように押し入れからそれを出してきて、幼い僕に弾いてみせたのだが、残念ながらそれは単に弦を一本ずつ親指で、弾く(ひく)のではなく無為に弾き(はじき)続けるというだけの、メロディなんてものが一切存在しない、演奏というものには程遠いものだったから僕は一切興味を示さなかった。(推測だが父は当時流行っていたベンチャーズの曲、例えば「パイプライン」という曲の「テケテケテケテケテケテケ」辺りを模していたんじゃなかろうかと思うのだが確認は取れていない。たぶん本人に今それを訊いても「そんなもん忘れたわ!」と言われるのがオチであろう。)実物は家にあったものの、結局僕は小学5年生になるまでギターというものに興味を示さなかった。だからガットギターはもちろん、ウクレレも、それまでは押し入れで眠り続けていた。

     僕が本格的にギターに目覚めたのは前述のとおり小学5年生の時だ。きっかけはその1年前に、あるグループの存在を知ったことだ。グループの名前は「The Beatles」(ビートルズ)だ。ある日、車に乗っていたらラジオから彼らの曲が流れてきた。その時はもちろん誰の何という歌なのかわからなかった。親に訊いてもわからない。邦楽ならともかく洋楽だからなおさらわからない。だから僕はそれからしばらくの間、自分に聴こえたとおり「エルピー、エルピー」と口ずさむしかなかった。
     数ヶ月後、姉から、それがビートルズというグループの「Let it be」という歌だと教わった。そしてそれをきっかけにして僕はビートルズにのめり込むようになった。ジョンやポールがギターを弾きながら歌うその様に僕は自分を重ねた。僕も彼らのようにギターが弾けるようになりたいと思った。
     僕は押し入れに眠っていたあのガットギターを引っ張り出し、訳も分からずに弾き始めた。しかしコードはもちろん、調弦のことも知らなかったからやみくもに訳のわからない音を出しているだけで、それは今で言う「エアーギター」とさほど変わりのないものだった。
     しかし幸いなことにその少し前、姉がフォークソングに興味を持ち始め、当時流行っていた(安物の)白いフォークギターと教則本の類を手に入れていたから、僕はその教則本を姉から借りてイロハを勉強しつつ練習した。だから僕が初めてギターで演奏した曲はビートルズの曲ではなく、その教則本に載っていた井上陽水の「夢の中へ」である。
     姉はギターを始めたもののすぐに挫折した。ギター初心者によく見られる「バレーコードの壁」にぶち当たり、それを克服できなかったのである。もちろん僕もぶち当たった。「夢の中へ」にはバレーコードは一切なかったから弾けたものの、次に練習した「心もよう」はバレーコードだらけでまともに音が出せなかった。何度かくじけそうになったが、自分で楽器を演奏して歌うという楽しさを知ってしまったこの頃の僕がギターを弾くことをやめることはなかった。ギターを古いガットギターから姉が使わなくなった白いフォークギターに換えて暇があったら練習した。
     教則本の表紙には「一週間でギターが弾けるようになる!」とあったが、結局バレーコードの音をきちんと出して弾けるようになるのに一年かかった。(この後、あの中島みゆきさんが「一週間でギターが弾けると思ったのに結局一年かかった」というようなことを言われているのをギター雑誌か何かで読み、激しく同意したことを覚えている。)

     それから僕はギターの一通りの演奏方法を独学でマスターした。もちろんそれはプロ級のものではなく、まだまだ下手くそなアマチュアレベルだ。しかしそれでも基本のストロークはもちろん、カッティングやアルペジオ、スリーフィンガー等々、当時流行っていたフォークソングやニューミュージック系の歌を弾き語るには(自分で言うのも何だけど)充分の技量だった。
     今でも思う。僕は同時期に少年野球クラブに入っていて、中学に入ってもやっぱり野球部に入って野球を続けたのだけれど、そんな僕が並行してギターの練習を続けたという事実は今考えても本当に自分的に驚異のことである。

    (次回「第51話 ギター(2)」に続く)



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    いくたしば いたる 
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