2018-03-11

    巣立ちと卒業。嬉しさと悲しさと切なさと。

    ■また寒い朝だった。昨日も寒かったが今朝もだ。陽射しは春に近いもの。でもまだ寒気が去ってくれないのだろう。今年の寒さはずいぶんと強情だ。だがあくまで天気予報によるものだが来週の火曜日辺りからは、その寒気は去って本当に春の陽気になるらしい。
     やっとだ。やっと春が来るのだ。

    ■東日本大震災から今日で7年が経った。


    ■「巣立ち」、そして「卒業」という言葉。これらの言葉が今の僕や家人、娘を取り巻いている状況に対してとても適切な言葉だということを僕は昨夜寝床に入って寝入る頃にやっと認識することができた。これで明日(つまり今日)はきっと今回のことをきちんと書き残すことができるだろうと思った。

     昨日のツィートで僕は「実は今日は朝から二つの出来事があった。どちらも僕にとっては嬉しいような悲しいような、そして切ないような出来事だった」と呟いた。その二つの出来事について書き残そう。
     ただ先に断っておこう。今回もおそらく長文になる。できるだけ簡潔にまとめようと思うが僕のことだ、きっとまたダラダラと書いてしまいそうな気がする。だから読むのならそれなりの時間を割いて欲しいし最後まで読んで欲しい。途中で読むのを止めたら、きっとそれまでに費やした時間は完全なる無駄と化すと思う。もちろん最後まで読んでもそうなる可能性はある。つまり読むのならそれを許容することを前提に最後まで読んで欲しい。


     先月だったか僕はこのブログやツィッターで「一大事」とか「ある一大事の類」という言葉を書いた。まずはその話から始めた方がいいだろう。
    「一大事」とは、その出来事が本当に一般的に「一大事」かどうかはさて置き、僕にとっては本当に完全なる「一大事」だった。

     娘がパートナーを家に連れてきたのだ。

    「パートナーを家に連れてきた」と書くと、そんなことの何が一大事なのかと言われそうだから、もう少し付け加えておこう。
     数ヵ月前辺りから娘は仕事が忙しいということもあって、あまり家に帰ってこなくなった。企業を相手にした仕事だから夜に関係者と会ったり、朝早くから遠方の客先に向かうなど、田舎の類に位置する自宅からだと何かと不便なことがあったものだから、そういった予定が入った場合は自宅に戻ってこなくなったのだ。
     では自宅に戻ってこないということは、娘はその夜どこで過ごしているのか? 
     そういった疑問が必然的に湧き起る。
     当初僕が聞いていたのは、一人暮らしをしている先輩や同僚(もちろん同性の)の部屋に泊まらせてもらっているということだった。
     僕は娘が成人した時、これでもう娘に口出しをするまいと決めた。もちろんその時はまだ学生だったし世間知らずなところが多々あったから、親として助言をしたり経済的に助けられるところは助けるというようなつもりではいた。しかし前述したように、もう法律的には大人になったのだから余計な口出しはするまいと決め、娘が社会人として自立すると、それはもう完全なものになった。だからどんな理由にせよ娘が家に帰ってこない夜があっても僕は何も口出ししなかったし、余計な手助けもしなかった。昔僕自身がそうであったように自分のことは自分が決めればいいと思った。
     そんな日々が当たり前になって何か月か経った頃、僕は家人からある事実を告げられた。
     娘には将来を見据えたパートナーがいること。
     自宅に戻ってこない夜はそのパートナーの部屋に泊まっていること。
     既にそのパートナーの実家に行ってパートナーのご両親と会っていること。
     来年(つまりは今年)の3月を目途に自宅を出て、そのパートナーと一緒に暮らすことを決めたということ。
     そしてその暮らしを1年ほど続け、お互いに認め合えれば結婚を考えるということ。

     家人は既に娘から色々なことを聞かされていて(僕の個人的な感想だが)、それなりに現実を受け止め、気持ちの上でもうある程度落ち着いていたのだろう、その時は僕が受けるであろうショックをできるだけ少なくするかのような、極めて淡々と説得するかのような、そんな話し方でこれらのことを僕に告げた。
     と言うのも、その話を聞く数ヵ月前に一度そのパートナーが自宅にやって来ていたのだが僕はその時は会わなかったのだ。特に大したことを話に来たわけでなく、言ってみれば娘の彼氏が遊びに来たという程度のものだったのだけれど、「それならばいきなり彼女の父親に会うのはハードルが高かろう」という屁理屈みたいな理由を挙げて僕はその時自宅から消えたのである。
     正直なところこの時の自分の心情を僕は自分でもよく理解できなかった。理屈では間違いなく前述したような理由、つまり相手に気楽に来てもらって家人と面通しして欲しいというものだったのだけれど、理屈以外の部分では何かよくわからない気持ちがあった。今でもうまく説明できないのだけれど確かにそういったものがあったのだ。家人はきっとそれを少しは察していたのだろう、だから僕がショックを受けないように、極めて淡々と説得するかのような、そんな話し方をしたように思える。

     僕は家人からそれらのことを聞かされたが、特に気持ちに変化はなかった。会いはしなかったものの、娘が初めて自分のパートナーを自宅に連れてきて僕に会わそうとした、その延長上の日々を娘に関する様々な出来事と共に消化した僕には、いつの間にか家人と同等の心づもりができていたのだろうと思う。そういう意味では娘は家人や僕をうまく導いたように思える。

     それから月日はあっという間に過ぎた。
     2月の初めだったか、また家人から聞かされた。
     二人で住む部屋が決まったのだ。そして3月10日頃に娘がそこに移るつもりだと。
     それを聞いた時、僕は特に何も思わなかった。強がりでも何でもなく、僕はただその事実を素直に受け止めた。もう僕の中には娘が家を出ていくということが当たり前のこととなっていたからだ。もちろん親として心配することはたくさんあった。それは間違いない。だがそれは前向きのものだ。娘がいなくなるというような後ろ向きなものでは決してない。
     そもそも子供が家を出ていくのは当たり前のことだと僕は昔から思っていた。それは僕自身がそうであったことや、僕の両親が僕が勝手に家を出たことを何も咎めなかったことに由来する。自分がそうであった以上、僕は娘にああだこうだと言うつもりはないし、親を背負ったような人生なんて歩んで欲しくない。たとえ一人娘であろうと娘が進む道を邪魔するようなことは絶対にしたくなかった。
     子供なんていつかは巣立つのだ。ただその日が来るのが早いか遅いか、違いはそれくらいのものだ。

     そして「一大事」の日がやってきた。
     僕は娘が選んだパートナーと初めて会った。
     僕が彼に会うことにしたのは娘が既に相手のご両親と会ったから。そして二人で暮らし始めることを二人が正式に決めたから。だから僕も彼に会わないわけにはいかなかったのだ。
     車で10分ほど走った先にある料理屋で僕は初めて娘のパートナーと会った。
     感想はと訊かれると、今時の若者と言えばいいだろうか。
     ずっと前のことだ。確かまだ娘が中学生だった頃に二人でテレビのある番組を観ていた。それは父親に対するドッキリ企画のようなもので、娘が結婚相手を自宅に連れてくるのだが、その結婚相手が極めてチャラチャラした男で、まともに挨拶もできず、更には父親の目の前で娘に酷いことをするのだ。それを目の当たりにした父親がどういった行動を起こすかというドッキリ番組だったのだが、その父親は非常に冷静で極めて大人の対応で相手の男を諭していた。
     僕はその時娘に言ったのだ。
    「もしオマエがこんな奴を家に連れてきたとしたら、お父さんはその場でマジでブチ切れるからな!」
     それを聞いた娘は僕にこう答えた。

    「お父さんやったらやりかねんわ」

     この時のことを娘が覚えていたかどうかは定かではないが(いやきっと覚えていないだろうが)実際に娘が父親である僕に会わせた男は世間一般的には普通の、礼節をわきまえた人間だった。
     父親としてそれが何よりも安堵したことだ。そして娘がまともな(何がまともなのかはともかくとして)人間をパートナーに選んだことに、家人や僕がとりあえずは娘をまともな人間として育てられたのだと思った。

     料理屋で食事を摂った後、4人で自宅に戻った。家のリビングでお茶の類を飲んだりしながら夕方まで過ごした。これがこれからの自宅でのスタンダードな形になるのかしらと思いながら僕はその時間を過ごした。


     例年以上の寒波に襲われた寒い日が何日か続いた後にやってきた、少し暖かめの、春がもうすぐやってくると思えた3月の快晴の日、つまりは昨日のことだ。
     昼前に娘とパートナーはレンタカーのワゴン車に乗って家にやってきた。娘の荷物を運び出すためだ。荷物と言っても娘のものすべてを運び出すわけではなくて、生活するのに必要なものを中心に運び出す。その量はダンボール箱で10箱にも満たない。だからワゴン車に運び出すのは小一時間ほどで終わった。
     4人で昼食を摂った後、娘はパートナーが運転するワゴン車に乗り、家人と僕は僕らの車に乗って娘とパートナーが生活を始めるマンションに向かった。
     部屋は大阪市の、とある場所にある高層マンションの8階にあった。もちろん賃貸マンションだ。間取りは昔で言うならば少々狭めの2LDKと言ったところか? とにかく今のマンションというのはオシャレな造りになっている。例えば昔なら「2畳間」とでも表現したような空間が今では綺麗な内装を施されたウォークインクローゼットとして存在したりするのだ。そういったものを含めた上で昔ながらの言い方でどう表現すればいいのか、僕にはどうにもわからない。
     部屋の中は既にいくつかの家具やら電化製品やらが置かれていて、更にはもう既に生活が始まっているような状態になっていた。よくよく考えれば娘は既にまともに自宅に帰ってきていなくて、この部屋で過ごしているのだ。生活の拠点はもう既にここに移っていると言っても過言ではない。今日は言ってみれば正式に二人で暮らし始めるという「けじめ」をつけたに過ぎないということだ。

     8階にあるこの部屋の窓からは西向きであるから午後であるその時間帯は、太陽の光が溢れていた。外はまだ寒い。でもその太陽の光が溢れている部屋は暖房がなくても充分に暖かかった。僕はその光を受けながら窓越しに外を見た。目の前も右も左も大小のビルだらけだ。もう少し上の階に行けば広々とした景色が見えるのだろう。

     そんな外の景色を観ていた僕は、いつの間にか昔を思い出していた。それは僕と家人が一緒になって二人で生活を始めた頃のこと。そして初めて二人で住んだ部屋のことだった。もちろんその頃はまだ娘なんて影も形も存在しなかった。本当に僕と家人の二人きりの生活が始まるという頃のこと。つまり今の娘たち二人と同じ境遇の頃のこと。

     本当に時間なんてあっという間に経つんだな。ついこの前に家人と二人で生活を始めて、それから娘が生まれて……、時間にして四半世紀、そんな時間なんて本当にあっという間なんだな。
     僕は何だか娘たちがすごく羨ましくなった。普通なら娘が手元からいなくなる寂しさに襲われるのだろうが、そんな感情なんてはっきり言って全然湧いてこなくて、ただただ娘たちに対する羨望の気持ちばかりが強かった。
     娘たちには間違いなくこれから先に希望や夢を含めた「将来」というものが待ち構えている。それが良いものなのか良くないものなのかはわからない。でもそれは間違いなく存在していて彼ら二人がやってくるのを待っているのだ。それに対して僕らはもうその「将来」のほとんどを通過してしまった。良いものも良くないものも、もうそのほとんどが過去になってしまった。確かにまだその欠片のようなものは残っている。ゼロではない。でも娘たちにはまだ圧倒的に多くのそれらがある。それがもう残り時間が間違いなく少なくなってしまった今の僕には本当に光り輝くほどの眩しさを伴った羨望として映る。まるでこの部屋に溢れている太陽の光のようにだ。
     あの頃の僕の両親、そしてあの頃の家人の両親も今の僕と同じような気持ちになったのだろうか。それともこんなことを感じてしまうのは僕くらいなのだろうか。家人はどう思ったのだろう。

     午後4時半頃、家人と僕は娘たちの部屋を後にした。

     娘は巣立った。

     家人と僕は名実ともに子育てから「卒業」した。

     自宅に戻ると僕と家人はいつもの生活に戻った。僕はすぐにワンコの散歩に出かけ、家人は洗濯物を取り込んだりしていた。
     午後7時前になって二人で夕食を摂った。娘のいない食卓は既に当たり前になっていたから今日も普段と変わりない光景だ。
     自宅に戻ってから特に家人と特別な話はしなかった。家人がどういう気持ちでいたか僕にはよくわからなかったけれど、おそらく僕に気が付かれないように娘が巣立ってしまったという感情を処理したのだと思う。本来なら家人と僕との二人で共有して受け止めるべき感情なのだろうが情けないことに僕にはそれができなかった。

     正直なところ下手に娘のことを意識して考えてしまうと頭がおかしくなりそうだった。だから僕は家人に娘のことを意識させてしまうようなことをしなかった。家人がおかしくなったら僕も間違いなくおかしくなる。うまく表現できないが、娘が巣立ったその日を綺麗にさらりと流したかったし、必要以上に無理にセンチな感情に浸ることなんて僕は絶対にしたくなかった。娘が巣立っても僕と家人の生活はこれからもずっと続く。三人で生きてきたけれど、また家人との二人に戻った。ある意味僕らにしてみても二人での新たな生活が始まるということだ。だから娘たちと同様に僕らも前向きに生きていきたい。
     娘が巣立っても僕らは永遠に親子であり家族だ。それは僕が僕の両親や姉と永遠にそうであるように、家人が家人の両親や姉と永遠にそうであるように、生きていようが死んでしまっていようが永遠にそうであるように、僕と家人と娘は永遠に親子であり家族なのだ。その事実がある限り僕たちはこれからも生きていくことができるだろう。そしてそれこそがこれからの僕と家人の生きていく希望なのかもしれない。


    ■もう一つの出来事のことも書き残しておこう。

     昨日の明け方のことだ。僕は寝床で仰向けに寝ていた。かなり熟睡していたのだろう、いつもならその時間帯になると寝相の悪い僕は掛布団もシーツもグチャグチャにしているものなのだけれど、この時に限っては寝入った時のままの状態と言ってもいいくらいに整った様相だった。
     とは言え考えてみれば熟睡しているはずなのに自分の寝相のことを意識していたなんておかしな話だとその時僕は思った。自分でもわけがわからなかったが、とにかく僕は寝床でかなり綺麗な寝相で仰向けに寝入っていたのである。
     そんな僕の下腹部に、僕は少々の重さを意識した。また下痢にでも襲われたのだろうかと思ったが下腹部の重みはそれとは少々違っていて何か物理的な物が僕の下腹部の上に居座っているという感覚だった。
     いったい何がいるのかと思った僕は、そのまま両手を下腹部へと動かし、首を上げて自分の下腹部の方を見た。
     僕の下腹部の上には一匹の猫がいて体を丸めて寝入っていた。
     僕はそれが当たり前であるかのように「何だ猫か。珍しいなあ、僕の腹の上で眠っているなんて」と思った。そして更に当たり前であるかのように両手で寝入っている猫の背を撫でてやった。すると猫は目を覚まし僕の方を見た。そして起き上がると僕の下腹部からいなくなってしまった。
     なんだ、もっと寝ててもいいのにと僕は思った。そしてその猫が大昔に飼っていた猫のうちの一匹だということに気が付いた。
     僕はその猫の名前を呼び、もっと寝ていていいよと声をかけたが、もう既にその姿はどこにもなかった。

     そして僕は目が覚めた。

     僕は夢を見ていたのだ。僕は夢の中で現実と同じように寝ていて、その中の僕の下腹部の上に、かつて飼っていた猫が寝入っていたのだ。
     目が覚めると僕は自分が夢の中にいた自分とまったく同じ寝相で寝ていることに気が付いた。こんなことなんて滅多にない。更に僕の両手は僕の下腹部の上にあった。まるで本当にあの猫が僕の下腹部の上にいたかのようにだ。

     猫の名前は「トチコ」と言った。「トチコ」、「トッチ」、「トッチャン」等、その時々で呼び名が少々変わったりしたが決して忘れたことはなかった。

     どうして急に夢の中に現れたんだい? 

     今まで一度として出てきてくれなかった。きっと最後まできちんと世話をしてあげられなかったから僕のことを恨んでいるんだろうと思っていた。でも今日、急にいきなり僕の夢の中に現れたのはなぜ?
     寝起きのまどろみの中で僕は理由を探したのだけれど答えは見つからなかった。嬉しいような悲しいような、そして切ない気持ちになった。

     この日は僕に、嬉しさと悲しさと、そして切なさをもたらす日だったのかしら。

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    なんともいえない日記ですね。
    ちょっと父親気分を味わい、センチな気分になりました。

    私にも大学生の1人娘がいます。読んでいて、こういう日がいずれ来るんだなあと、切ない気持ちになりました。しかし幸せな事でもありますね。おめでとうごさいます。

    Re: タイトルなし

    大伴細人さん こんばんは。
    コメントありがとうございます。

    > なんともいえない日記ですね。
    > ちょっと父親気分を味わい、センチな気分になりました。


    色々な感情があって、ちょいと複雑な気分です。

    Re: タイトルなし

    昔からの読者さん こんばんは。
    コメントありがとうございます。

    > 私にも大学生の1人娘がいます。読んでいて、こういう日がいずれ来るんだなあと、切ない気持ちになりました。しかし幸せな事でもありますね。おめでとうごさいます。


    ありがとうございます。めでたいことと言えばめでたいのでしょうね。
    大学生の娘さんも、いずれは巣立っていかれると思います。それまではたとえ疎ましく思われても親としてできるだけのことをしてあげてくださいね。

    こんばんは。
    娘さんが就職してやれやれと思ったら、今度は同棲ですか!
    ビックリですね。

    しかし、娘さんも社会人で、相手の方とは結婚も真剣に考えているとはいえ、父親としてよく同棲に反対しなかったですね。

    ウチの親だったら、私が若い頃なら絶対反対だっただろうなあ。
    今だったら大喜びだろうけど・・・。

    娘さんは、相手の方とはどんな出会いだったのですか?
    同じ大学の方ですか?

    このままうまくいけば、娘さんも近々結婚しそうですね。

    イクタシバさんがおじいさんになる日も、そう遠くないのかもしれないですね。













    Re: タイトルなし

    猫さん こんばんは
    コメントありがとうございます。

    > こんばんは。
    > 娘さんが就職してやれやれと思ったら、今度は同棲ですか!
    > ビックリですね。
    >
    > しかし、娘さんも社会人で、相手の方とは結婚も真剣に考えているとはいえ、父親としてよく同棲に反対しなかったですね。
    >
    > ウチの親だったら、私が若い頃なら絶対反対だっただろうなあ。
    > 今だったら大喜びだろうけど・・・。
    >

    僕が若かった頃だったら、大反対だったでしょうね。でも今はもうそんな時代じゃないです。むしろきちんと相手を見極められていいんじゃないかと思ったりします。僕の方の姪っ子や家人の方の姪っ子もやっぱり正式に結婚する前から相手と暮らしてました。娘と同じように結婚せずに二人で暮らしている姪っ子も射ますし娘の友人にも同様のことをしている人が結構います。こういうのって今やもう当たり前のことになりつつあるみたいです。
    僕も今回のことを反対するつもりはまったくありませんでした。

    > 娘さんは、相手の方とはどんな出会いだったのですか?
    > 同じ大学の方ですか?
    >

     詳しいことは知りませんが勤め先の元同僚のようです。

    > このままうまくいけば、娘さんも近々結婚しそうですね。
    >
    > イクタシバさんがおじいさんになる日も、そう遠くないのかもしれないですね。

    いつかはそういう日が来るでしょう。いや、来てもらわんと困りますわ(笑)。

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    プロフィール

    イクタシバ イタル

    Author:イクタシバ イタル
    イクタシバ イタル
    いくたしば いたる 
    50代半ばのオッサン。
    今も現役のSE&PG。
    好き勝手なことを書いています。
    望んでいるのは結局穏やかな暮らしなのでしょう。

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