2012-05-13

ドジ

■先週、仕事でドジをしてしまった。ある意味「起こりうるべくして起こった」と言ってもいい。

「ああ、やっちまった……、ヘタしたら責任問題に発展するなあ……」と思った。
「最悪は馘か」とも思った。だが、それと同じくらい「もう馘なら馘でいいよ」とも思った。こんな朝から深夜まで綱渡りをしているような仕事なら、早いとこ落ちて楽になって、再起に向けた動きをした方がいいんじゃないかと思ったりもした。

 結局、必死でリカバリー作業をして事なきを得たが、周りからは「疲れているんじゃないか」と言われた。「ドジ」というのが、自分でも考えられないくらいの初歩的な「ドジ」で、それにしばらく気がつかなかったくらいだったから、周りからそう言われても仕方がなかった。だが、何かどこかで腹が立った。そんなふうに言われた自分が情けなくなったのだ。そして周りに卑下しているような自分を見つけ、更に腹が立ったのだ。 
 仕方がない、ドジを踏んだのは自分だ。だけどそのドジが起こった背景を理解して欲しい、と願うのは無理なことなのだろうか。

 現実と理想とのギャップが益々大きくなってきている。もちろん現実から目を背けることはできないが、今のままでは、理想がどんどん遠のいていって本当に頭がおかしくなりそうだ。

 溜まっているなあ、ストレス……。

■小説は、来週はお休みさせていただきます。たぶんまともに読んで下さっている方は少ないと思うので(笑)

 第2章は、いよいよ主人公の大川が不思議な世界に足を踏み入れていきます。いったい彼に何が待ち受けているのか……、なんてことを書くと、さぞ面白そうといった期待を持たせてしまいそうですが、まあ、所詮は素人が書く小説です。あまり期待せずに、暇つぶしにでも読んでやって下さい。予定では再来週くらいにでも再開させようと思ってます。(お約束はできませんが……)

 では、またの更新まで……。

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2012-05-11

小説「雨の刻印」 第一章「泥の底」(42)

(42) 
 その日からというもの、私に企業から書類選考を通過したという知らせは全く来なくなった。応募メールを出しては書類選考漏れを知らせるメールが返って来る日々が長く続いた。応募する企業の対象職種を変えても、それまで自分が長い間関わっていたシステムエンジニアやプログラマという職種に応募してもそれは変わらなかった。
 妻は、私からパソコン教室運営会社からの結果を告げられたあの日の夜以来、私の転職活動に敏感になった。そしてそれは、私がそれまでの他の企業から受けた選考結果を妻に知らせたことにより更に繊細なものへと成長し、今に至っては日々の結果にその繊細さを益益増幅させている。
 無理もない、彼女もまた私が感じた失望とは違う感覚の失望を感じたのだろう。そしてそれが、私であれば原因がある程度特定できるものの、彼女にはそれができないというジレンマを生み、おまけにその解消法をも自分で見出せないことに大きな苛立ちを募らせているのだ。
 わかっている。全ての原因は私にあるのだ。しかしわかっていても私には彼女のその苛立ちを解消することができない。その方法が「私がきちんと再就職先を決める」ということだとわかっていてもそれができないでいる。そんな自分を情けなく思う感情が私に芽生え、それは早く何とかせねばならないという焦りを新たに生み出す。そしてそこに日々やってくる現実が私のその僅かな意欲を打ち消し、さらに妻に不安という新たな種を蒔いていくのだ。
 そこにはほんの数ヶ月前に感じていた解放感など微塵も存在していなかった。いや、解放感はまだずっと存在しているのだろう。しかし私たちはもうそんな解放感を望んでいなかった。むしろ「職」というものに早く束縛されたかった。あれほど苦痛に思っていた「働く」ということに早く私を縛りつけて欲しいとさえ思った。この解放感が私たちを苦しめるものになるとは、夢にも思わなかったし、何と皮肉なことかとも思った。
 そんな中を私はもがき苦しみ続けた。しかし一ヶ月経っても事態は変わらなかった。六月に入っても応募した企業から良い返事が戻ってくることはなかった。突きつけられた現実と先の見えない不安に私は徐々に追い詰められていった。

 働きもせず日々自宅に篭り転職先をネットで物色することしかできない私は、自分がまるで社会から見捨てられた存在であるかのような錯覚にしばしば襲われるようになった。自分がいなくなっても潰れることなく動いている会社、自分が関わることがなくても日々変化を続ける社会、自分が営んでいる生活が今でもその社会にあるはずなのに、それを実感できない日々に、いつしか自分のこの世における存在意義さえも疑うような感覚を覚え始めた。加えて毎日のように返って来る書類選考漏れを告げるメールは、私にあたかもこの社会が私を必要としていないのだということを知らせるために送られてくるような感覚を与えた。このメールが一通、また一通と戻ってくるたびに私は自分の身体が少しずつ消されているのではないか、そしていつか最後のメールが来た時、私の身体は完全にこの社会から消えてしまうのではないかと、そんなあり得ないはずの感覚まで感じ始めていた。
 それは恐怖であり絶望にも近いものだった。
 こんな時こそ外に出て何かしらの気分転換をすれば良かったのだろうが、この頃から私は外に出るのさえ億劫になっていた。普段から近所付き合いが多いわけではない私は、あまり近所の人たちとの面識がなかったから失業していようがいまいが近所の人に何かを言われるようなことはなかったはずだが、それでも外に出ると異様に近所周りを意識する自分がいた。近所の人たちがカーテン越しに自分を見て「あそこのご主人は毎日仕事にも行かずにブラブラしている」とか「奥さんを働かせておいて自分は好き勝手なことをしている」とか「何か失敗でもやらかして会社をクビになったんじゃないか」などと囁かれているのではないかという被害妄想のようなことを考えることが多くなった。実際にそんなことを言われたり聞いたりしたわけでもないのに、外に出るたびに、そんな恐怖にも似た思いが私を襲いだしたのだ。自分でも明らかに「自分はまいりつつある」と思った。
 私は自分がそんなふうに変な感覚や感情に支配されつつあることを悟られたくなかったから、自宅にいてもできるだけ妻と顔を合わせないようにした。私が不安の中にいることをもし妻が知ったら、おそらく彼女は私以上に落胆と不安を感じるだろう。男として夫としてそれだけは避けたいと思った。しかし、私の転職活動に敏感になった妻は毎日のように私に今の状況を説明するよう求めた。私ができるだけ妻と一緒にいることを避けようとすればするほど、それは執拗に続いた。最初のうちは訊かれてしまえば仕方がなかったので正直に状況を話していたが、その都度見せる妻の落胆したかのような表情に私は耐えられなくなり、やがて嘘を言って誤魔化すようになった。そしてそれでも執拗に訊いてくる妻に誤魔化すネタが尽きた私は、とうとう妻に怒号を浴びせるようになってしまった。「うるさい」、「そんな嫌な顔をするな」、「同じことを訊くな」、「お前に俺の気持ちがわかるか」などとそれまで妻に言ったことのない言葉が、容赦なく私の口から出るようになったのだ。
 これが妻に更なる落胆と不安を与えることは重々わかっていたが、もうどうしようもなかった。自分で現実を知り、更に妻に話すことによっていかに自分がまずい状況にいるかを毎日のように再認知することに私の精神は耐えられなくなっていたのだ。だからそれを避けるためには自分の今の状況をぼやかさねばならなかった。それはつまり妻からの追求を力ずくででも排除しなければいけないということを意味していたのだ。
 妻もそんなふうに自分に怒号を浴びせる私を見たくなかったのか、それとも肝心なことを何も話さず、闇雲に不安に怯えて現実を直視せずに何もしないで手を拱いている私に、もう何の期待も持てなくなって本当に愛想が尽きてしまったのか、必要以上に私に関心を示さなくなり始めた。本当はそういう夫婦関係であってはいけないと思えたが、私にその状況を改善できる力はなかったし、妻が私に関心を示さなくなったことに安堵感さえ覚えてしまったから、それに甘えた私は結局何もできなかったのだ。
 そして妻に現れたその変化は、それが伝染するかのように娘の恵美にも現れ始めた。高校生という多感な時期に目に映る父親の情けない姿は、彼女の心に知らぬ間に影を落としていた。おまけに私に関心を示さなくなった妻は、それまで以上に娘に対する関心、いや、依存心を強くしたものだから、娘は否応なしに妻から私の不甲斐なさを聞かされることになってしまった。そして時折私が発する罵声に敏感に反応して癇癪にも似た感情を私に向ける妻の姿を目の当たりにしてしまうことにより、それは一層確固たるものとなって娘の心に浸透していった。
 ここまでくると娘が私を無意識に避けるようになるのに時間はさほどかからなかった。
 そんな生活が続くうちに「私」と「妻・娘」との会話は極端に減り、いつの間にか最低限の会話しかしなくなってしまった。一緒に食事をすることもほとんどなくなったし、妻は私と寝室を分かち、娘の部屋で眠るようになった。そして六月の初旬が終わろうとする頃には、もう妻や娘は私には必要以上に関わらなくなってしまった。
 私は社会のみならず家族の中でも孤立してしまったのだ。
 結局、私は逃げてしまったのだ。本来なら無職であろうが次の就職先が見つからない身であろうが、しっかりとそれを受け止めて強い気持ちを維持し、そのような状況においてもきちんと妻や娘にこれからの話をして理解を得る努力をし、どんな状況になっても家族が一つになって乗り越えていこうという強い意志を示すべきだったのだ。そうすれば少なくともここまで妻と娘が私から離れてしまうことはなかったはずだ。しかし私はそれをしなかった。口ではできなかったと言っているが、目に見えない不安にばかり恐れ、すべき努力をしなかったのだ。そうしているうちに不安は不安を呼び、妻や娘の心にいくつもの影を落とした。そしてその妻や娘に落とされ続ける影を見つけるたびに、私の不安はそれに煽られたかのようにやがて恐怖へと成長していった。そしてその恐怖がさらに彼女たちに新たな不安を与え、最後には彼女たちの心を深い暗闇にしてしまった。そこからは夢や希望が生まれることはなく、ただただその闇が広がるだけだった。こうなったのは全て私がその闇の中に入って彼女たちを救い出す努力をしなかったからだ。

 その頃になると、もう私が応募できる求人は皆無に等しい状態になっていた。いやそれ以前にどんな業界、どんな職種に応募しても、もはや私を雇う企業が存在するとは思えないようになったのだ。毎日毎日送られてくるメールを見るのさえ怖くなり、私はもう何もできない大人でしかなかった。そこにはもちろん夫としての私はいなかったし、父としての私もいなかった。ただただ目に見えない恐怖と不安に怯え、家族にも見放された一人の中年男。それが今の私だった。
 
 新しい扉を探していたはずなのに、その扉の片鱗さえ見つけることができず、その上、自分が存在する場所さえもおぼつかない。

 私は忘れていたのだ。自分がまだ泥の底に居続けていたということを。


                                    第一章「泥の底」 了


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2012-05-10

小説「雨の刻印」 第一章「泥の底」(41)

(41)
<大川常雄殿
 株式会社パソコンフォアエブリワンの梶谷です。
 先日はお忙しい中、わざわざお越しいただきまして誠にありがとうございました。
 さて、一次面接の選考結果ですが慎重に選考を行いました結果、遺憾ながら今回は貴殿の採用を見送らせて頂くことになりました。
 誠に不本意な結論かと存じますが、あしからずご了承下さいますようお願い申し上げます。
 実は選考にあたり大川様のご経歴、実績や熱意は大変魅力で最後まで悩みました。しかしながら今回は正社員募集ということで、たくさんの方々から応募をいただき、更なる慎重な選考をさせていただき、このような結果となりました。可能であれば増員を行い大川様にお越しいただければと鋭意努力いたしましたが、誠に残念ながらそこに至ることができませんでした。ここに私の力不足を併せてお詫び申しあげます。
 末筆になりますが、大川常雄様の今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。

 株式会社パソコンフォアエブリワン
 代表取締役 梶谷俊夫>

 期待はものの見事にはずれた。読んだ瞬間私は何もできなかったし何も考えられなかった。この現実をすぐに受け止めることができなくて、身体が固まってしまったかのように硬くなっていた。しばらくして少し気持ちが落ち着くと、今度は、これは何かの間違いではないか、転職支援システムの不具合ではないのか、いやそもそもこれは私にではなく他の誰かに送るはずの文面を間違えて私に送りつけてきたのではないか、と思った。あれほど長い時間、お互いの思うところを話し合い理解し合えたと思っていたのに送られてきた文章はたったのこれだけ。理解し合えたと思っていたのは私だけだったのか、それとも理解し合えたから相手はこのメールを送ってきたのか、いやそもそも本当は理解し合ったという事実などなかったのか、色々な思いが私の頭の中を錯綜した。
 目の前の画面に映し出されているメールは、いくら私が睨んでもその内容が変わることなどなかった。右手で右の頬を抓り、左手で左の頬を数度叩いてももちろん何も変わらなかったし、液晶ディスプレイを「コンコン」と叩いてもそれは同じだった。
 私はこの会社の採用面接に落ちたのだと理解した。するとやっと自分がひどく落胆していることがわかった。
 自分勝手とは言え、あの時感じた「この会社に採用される」という手応えは確かなものだった。それはこれまで生きてきた中で必ず成就した類のものと何ら変わらなかったからだ。それゆえ確信めいた感情はこの数日間私を支配し続け、妻にもそれは伝わっていた。そして妻に伝わったその感情は再度私に跳ね返り、更に私を期待の絶頂へと運んでいたのだ。しかし突きつけられた現実は私をそこからいとも簡単に突き落とした。それはあの時の、崖っ縁ちから泥の底に落とされた時と同じような感覚だった。
 私はその感覚の気持ち悪さに少し吐きそうになったので、右手で口を押さえてそのまま机に顔を突っ伏せ、喉元に上がってきそうな胃液を、唾液を飲み込んで無理やり胃袋に押し込めた。
「良子に何て言おう……」
 ムカムカする胃に右手を当て、そう呟きながら顔を上げた私はガラス窓越しに外をぼんやりと見た。あれほど激しく降っていた雨はいつの間にかピタリと止んでいた。そして耳鳴りのように微かに聞こえていたあの得体のしれない音も、もうどこかに消え失せていた。


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2012-05-09

小説「雨の刻印」 第一章「泥の底」(40)

(40)
 その日以降、私はメールをチェックして応募した会社からの返事を確認する日々を送った。多い日には五、六社から、少ない日でも必ず一社からは返事のメールが届いた。その内容は全てが書類選考漏れしたことを告げるメールだった。ある程度予想はしていたものの、ここまできれいに書類選考漏れするものなのかと思った。確かにこの不況で若年層でさえ仕事がない状況で、私のような中年男が再就職するのは厳しいものがあるとは思っていた。しかしここまで簡単にそれも数十社に及んで書類選考の段階で落とされるとは正直思っていなかった。物好きな会社がいくつかはあって、私のような男でも面接に呼んでくれるであろうという考えがあった。例えば先日面接に行ったパソコン教室運営会社のような会社がもう少しはあるだろうと思っていた。そしてその中で一番いい所を再就職先に選ぼうと思っていた。しかしどうやらその考えは捨てた方がいいと考えた。この時点で「あのパソコン教室運営会社で十分じゃないか」と思ったのだ。
 そしてあのパソコン教室運営会社から返事が来る予定の日、つまり週末を迎えた。もちろんこの日までに新たにいくつかの求人に対して応募するということは続けていたが、既に私の心はこのパソコン教室運営会社にほぼ傾いていた。他の会社に応募する時でも頭のどこかにこの会社のことが浮かんでいて、知らぬ間に「入社日は六月一日だろうか」とか「OJTから入るのだろうか」、「上司にあたる人間ってどんな奴なのかな」などと考えたりしていた。朝からパソコンを起ち上げ、返事が来るのを今か今かと待ちわびるように頻繁にメールチェックを繰り返した。他に応募した企業から書類選考漏れを告げる返事が届いていたりもしたが、そんなメールはサラッと読み流し、今や本命と化したあのパソコン教室運営会社からの返事をひたすら待ち続けた。妻も時折思い出しては「来た?」と訊いてきたが、私は「まだ」という答えを繰り返すだけだった。
 昼が過ぎ、三時のおやつの時間になっても返事はこなかった。そしてそれは夕方になり、夕食の時間を過ぎても同じだった。こちらから直接電話をして問い合わせようかとも思ったが、あまり性急になるのもよろしくないように思えたので、ひたすら待つことにした。しかし夜の九時を過ぎても一向にメールは来なかった。そうやってパソコンの前でひたすら待ち続けていると、窓ガラスに「トン、トン」と何かが当たるような音がし始めた。その音は次第に増えていき、やがて雨が降り始めたのだとわかるくらいにまで大きくなった。
「おかしいな、テレビの天気予報では今夜も明日も快晴だって言っていたのになあ」
 そう呟いてカーテンを少し開けて窓ガラス越しに外を見ると、街灯に照らされたほの暗い道に、夏の夕立のような激しい雨が打ちつけている様が見えた。不意に「ゴォーッ」という音がして、強い風が吹いているのもわかった。街灯の光に映し出された雨が、右へ左へと飛ばされている。まるで急に嵐でもやってきたかのようだ。
 暫くの間、何とはなくその情景を見ていたのだが、次第にどこからかはわからないが、何かを叩くような音が微かに聞こえ始めた。それは昔どこかで聞いたことがあるような音のように思えたが、それが何だったかが思い出せなかった。何よりあまりに微かにしか聞こえてこなかったものだから、最初は耳鳴りなのかと思った。だが、どうもそうでもなさそうだと思えたから、試しに窓を少し開けて耳を澄ましてみることにした。しかし聞こえてくるのは雨が降る音と風が吹く音だけだ。すぐに顔半分が雨に濡れてしまったから、諦めて窓を閉めた。するとどこからか微かに何かを叩くような音が、やはり聞こえてくる。
 私は居間に行って妻に「何かわからないけど、微かにどこからか何かを叩くような音が聞こえないか」と訊いてみたが、妻は何も聞こえないと言った。私はもう一度耳を澄ませ「トン、トントン、えー、トン?」と微かに聞こえるその音を声に表してみた。妻は「耳鳴りか何かじゃないの。気にしない方がいいわよ」と言ったが、私にはよくわからなかった。
 しばらくそのままその音を追いかけていたが、段々、聞こえているような聞こえていないような、いやそれとも本当にどこかから聞こえてきている音なのか、自分の頭の中で発せられている音なのか区別がつかなくなってきた。妻が言うとおり、耳鳴りの一種なのだろうかとも思ったが、気にしていても仕方がないかと思い直し、しばらく放っておくことにして、私はパソコンのもとに戻った。そして画面を覗き込むとそこにはあのパソコン教室運営会社からの返信メールが届いていた。
 私は「よし来た!」と勢いづき、すぐにそのメールを開いた。


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2012-05-08

小説「雨の刻印」 第一章「泥の底」(39)

(39)
 火曜日、朝から降り出した雨は昼を過ぎても夕方になっても止まなかった。今日はパソコン教室運営会社の採用面談の日だ。できれば出かけるまでに雨が上がっていて欲しかったが、その気配は全くなく、自宅を出る時間になっても雨足が衰えることはなかった。
 午後六時十五分、私は約束の場所に着いたのだが、指定された午後六時三十分という時刻にはまだ少し時間があり、訪問するにはまだ早いと思えた。仕方なく傍にあったコンビニエンスストアの軒先に行き、傘を差したままで煙草を吸って時間を潰した。そして五分前になるとその建物へと向かい、パソコン教室運営会社のオフィスを訪れた。
 一回目の面接だったから、てっきり採用担当者が相手をするのだろうと思っていたが、現れたのは経営者、つまり社長だったのでこれには少々面食らってしまった。社長は「採用に当たっては人物面を重視しているので、最初に社長が面接を行って人物面を判定し、それを通過した者を対象に二次面接として配属予定先の上長による面接を行う。それをクリアすれば基本的には採用ということで、後はそれを前提に待遇面などの最終確認を行い、双方が合意すれば内定とする」ということを私に説明した。
 確かに社員数が五十人にも満たない会社だったから、最初から経営者クラスの人間が出てきてもおかしくないし、社員が少数であるが故に既存社員と新たに中途採用する人間との相性を気にするのにも頷ける。
 私にしても最初から面接相手が社長というのも、ある意味手間が省けていいと思った。採用担当者に気に入られても、その後必ず控えている経営者クラスとの面接で落ちてしまうと、それまでにその会社に対して費やした時間やお金が水泡に帰してしまう。しかし先に経営者層との面接を受け、その結果がお眼鏡に適う人間という判断であれば採用される可能性が高いと見込めるし、逆にダメであったとしても、その時点でこの会社に対する活動が終わるわけだから、余計な労力を使うこともないのだ。
 私は面接が始まると可能な限り自己アピールに力を入れた。もちろん私はパソコン教室運営という経験を持ち合わせていない人間ではあったが、システムエンジニアとしての経験やそれに付随する組織運営の観点を基に、パソコン教室の運営に関しても十分自分の経験を活かせるということを熱弁した。求人内容がパソコン教室の講師というのであれば可能性は低いが、運営職というものであれば話は別だ。私は自分が持ち合わせているコンピューターに関する色々な資格も絡ませながら会話が途絶えることがないよう、それはすごい勢いで喋り続けた。それは、自分でも私はこんなにお喋りだったのだろうかと思えるほどだった。社長も私の話に興味を示し会話は弾んだ。気が付くと面接は一時間半をゆうに超えていた。
 面接は最後まで和やかな雰囲気で行われた。最後に社長が「上司となる社員があなたよりかなり年下の人間となりますが、その点はいかがですか」と訊いてきたので、私は「全く問題ないです」と前置きして、これまでに年齢の上下や性別、国籍に関係なく色々な人たちと色々なポジションで仕事を問題なく遂行してきた、ということを話した。社長もそれを聞くと、笑顔で「わかりました」と言って頷き、面接は終わった。そして社長の口から「本日の結果は遅くとも今週末にご連絡します。今日はありがとうございました」と告げられると、私は立ち上がって「こちらこそありがとうございました」と言って深々と頭を下げた。
 パソコン教室運営会社のオフィスを出ると雨はまだ強く降っていた。しかしこの面接に再就職の手応えを強く感じた私には、そんな強い雨が降っていることなど気にもならなかった。「ここに通うようになったら前よりも少し寝坊できるかな」などと考えていた。そして自宅に戻る頃にはほとんど浮かれ気分に近い状態になっていて、そのままの調子で妻に面接のことを話した。私の話す口ぶりにその浮かれ気分が妻にも伝染したのか、妻の表情は満面の笑顔になった。二人とも、それはもうまるでこの会社から内定をもらったかのような気分になっていた。


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プロフィール

Author:ikutashiba
Itaru Ikutashiba
40代後半。地方都市在住。
SE歴約24年。
大学卒業後ソフトウェア会社就職を皮切りに、これまでに4社在籍。汎用機系13年、オープン/WEB系11年。
まじめに仕事をしていたのに47歳の時、会社の業績不振により案件が激減し、遠まわしに退職勧奨の扱いを受け失職。
転職活動に精出すも失業して既に1年経過。
いよいよ追い詰められ心が折れつつある。
現在、弁当製造工場で毎晩深夜労働をして食いつないでいる。
→約2年に及ぶ転職活動の結果、2012年1月に再就職を果す。

itaru_ikutashiba@hotmail.co.jp

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