2018-06-20

    第99話 雨とオートバイの話をしよう(2) (初掲載 2017年6月27(火))

     一週間後の土曜日、卒業試験が行われた。その日はまたしても朝からけっこうな量の雨が降っていた。日頃の教習では雨が降ると中止とされることが多かったのだけれど、この日の卒業試験は雨天であるにも関わらず決行された。
     それはやはり教習所の日程や、既に受験者が集まってしまっていて今更試験を中止することはできない、というような諸々の大人の事情によるところが大きかったと思うのだが、それとは別に現実的にバイクというものに乗る以上、雨だから卒業試験をしないというのもおかしいという考えがあったからのようだ。

     この日、卒業試験に臨んだ受験者は僕を含めて約三十名ほどいた。

     僕はもちろん雨合羽とレインブーツ、手袋を持参して臨んだ。ところがそんな大雨に近い天候であるにも関わらず、そうやって雨合羽とレインブーツ等を持参したのは驚くことに僕一人だけであった。あとの二十数名は皆、そういうものは教習所で用意してくれていると思っていたらしい。

     それを聞いた試験官はその場で激怒した。

     今まで教習を受けていて、君たちはいったい何を聞いていたのか! 
     雨の日にはバイクに乗らないとでも言うのか?
     バイクに乗っている途中で雨が降ってきたら、どうするつもりなのか!
     見ず知らずの誰かが都合良く雨合羽を貸してくれるとでも思っているのか!

     試験官はそこからしばらくの間、僕たちにバイクに乗るということの覚悟についての話をした。もちろん雨の日にバイクに乗るということはどういうことかということをも話したのだけれど、その際に試験官は雨合羽とレインブーツ、手袋等で完全装備した僕を指差した。そして皆にこう言ったのだ。

    「彼の姿を見てみろ。彼なんてあれだけでもう100点満点で合格だよ!」

     僕は突然のことに少々驚いた。しかし、(いい子ぶるつもりはないが)こんな日にバイクに乗るのだから雨合羽とかを着るのは当然のことだろうと思っていた。逆にどうして皆そんな普通の恰好をしているのだと思っていたくらいだ。
     おそらくこれは教習を受けていた半年の間、雨に祟られたからだろう。更に教習期限ギリギリだった、あの雨の日の教習がその極め付けの如くあったから、だからきちんと心づもりができていたのだと思う。

     その後試験は予定どおり行われた。雨合羽等を持参しなかった受験生は皆教習所から貸与されたものを着用し無事に試験を受けた。僕ももちろん何の問題もなく試験を受けた。
     結果、僕は無事に卒業試験に通った。試験中、一度だけ不要な場所で片足を道路につけてしまったのだが、それ以外はすべての試験項目を完璧にこなした。例えば一本橋などは30秒以上(だったかな?)をかけて渡るというものであったが、僕は1分以上という時間をかけて渡った。それは当日試験を受けた教習生の中で最長の時間だった。
     点数は本当に100点満点だった。しかも三十名ほどいた教習生の中で「ただ一人の、ぶっちぎりの100点満点!」と試験官から発表された。
     この時ばかりは僕は「雨様様だ」と思った。

     こんなふうにしてバイクの免許を取ったからだろう、その後のバイク生活の中で雨の日にバイクに乗ることを僕はあまり疎ましく思わなかった。雨が降る、もしくは降りそうであれば、それ相応の対策をし、更には同様にそれ相応の心構えをして乗ればいいと思った。もちろん天気のいい日にバイクをかっ飛ばす方が気持ちが良かったが、雨の日には雨の日なりに趣みたいなものがあった。雨の日のライドをもひっくるめて、バイクに乗るというのは、そういうことなのだと思っていた。
     そしてそれが影響したのか、普段の生活においても雨を疎ましく思ったことはあまりなかった。もちろん雨が続いて洗濯ができなかったり、ジメジメとした日が続いたりすると、さすがに「いい加減にしてくれ!」って思ったりしたが、雨の日というものが無くなるわけではないのだから、うまく付き合うことが大事だと思った。雨が降らなかったら降らなかったで困ることにもなるのだ。
     更には何となくだったけれど、その頃の僕には雨が何だか自分にとってはラッキーアイテムの一つのようにも思えたりした。それは雨の日にいいことがよく起こったからというわけではない。雨の日に良くないことが起こることが、あまりなかったからだ。

     その後、30歳になる手前頃になって、僕は諸々の事情でバイクから降りた。その時は、またいつか再びバイクに乗ることもあるだろうと思っていたが、残念ながら未だにその機会には巡り合えていない。

     バイクを降りたせいだろうか、僕はあれからずっと雨に嫌われているような気がして仕方がない。それはきっと日々の現実や生活が僕から雨を眺める余裕を奪っていったからだろう。そしてそうなっても僕がそれに抗う気持ちを持たなかったからだろう。

     ごめんよ、雨。
     そろそろ君と仲直りがしたい。
     だめかな?


     ちなみにこれを書いている日(2017年6月7日水曜日)のお昼頃、僕は気象庁が関東甲信、東海、近畿、四国、中国(山口県を除く)地方が梅雨入りしたとみられると発表したことを知った。
     いよいよ梅雨本番だ。
     さて、これからどういった状況になっていくのだろうか。豪雨は嫌だ。できれば水不足にならない程度の梅雨であって欲しい。




    にほんブログ村 ライフスタイルブログ 穏やかな暮らしへ
    にほんブログ村

    theme : エッセイ
    genre : 小説・文学

    2018-06-19

    2018年6月18日(月)

    ■今日(18日)は朝からエライ目に遭った。大阪で朝に発生した地震である。

     僕はいつもの時刻に自宅を出て最寄駅からいつもの電車に乗った。そして終着駅を降りて次にJRの駅に向かい、その駅でやはりいつもの電車に乗った。
     車内はやっぱりいつものように満員だ。僕は何とか吊革をゲットし職場の最寄りの駅までいつものように目を閉じてじっと立っていた。
     一つ目の駅に停まり、これまたやっぱりいつものようにその駅からの客が乗り込んできて車内は更に混んだ。そして、その駅を出発してすぐのことだった。
     突然周りのあっちこっちから普段聞くことのない高音帯の、かつ大音量の音が聞こえたかと思ったら乗っていた電車が急停車した。
     いったい何があったのかと思ったのだが、すぐに車内アナウンスで大きな地震があったことが告げられ、それから暫くして運転再開がいつになるかまったく不明である旨のアナウンスがされた。
     それから約2時間。列車が動くことはなかった。座席に座っていた人間はまだ楽だっただろう。だが僕のようにずっと立ちっぱなしだった人間にはかなりの負担だった。足が本当に棒のようになった。中には体調が思わしくない状態になった人もいただろう。
     結局乗客である僕らは電車を降り、線路上を歩いて直前の停車駅まで向かうことになった。
     どこから、そしていつの間にやってきたのかまったくわからなかったのだが、既に何人かのJR関係者がいた。大昔、僕がまだ小さな子供だった頃に某私鉄の線路上を終電後に歩いた記憶が微かに残っているが、線路上を歩くのはその時以来だ。更に駅以外の場所で電車から降りるのは人生で初めてのことだった。それなりにきちんとした階段みたいなものが用意されているのかと思っていたが、実際は大きな脚立のような階段だった。電車の最後部車両の一番後ろの扉と最後尾の非常脱出口(とでも言うのだろうかあそこは)の2か所から僕ら乗客は降ろされた。JRの関係使者の人たちの手助けを受けて僕らは無事に線路上に降り、そして直前の停車駅に向かった。途中で、こんなことは滅多にないことだと思い、不謹慎かなと思いつつもその光景をスマホのカメラに収めた。

     直前の停車駅にたどり着いたものの、その時点で電車がすぐに動くことなどあり得んだろうと思った。関西のJR全線が運行を停止しているのだ。そして僕らと同じように至る所で乗客が電車から降ろされているだろう。そしてそれが完全に終わってから点検をするのだろう。案の定、それからしばらくして駅員さんから復旧は早くても15時以降になる見込みというような情報が伝えられた。
     駅前の階段には多くの人たちが、これからどうするかを考え、そして悩んでいた。僕もその一人だった。職場に行くことはできず、かと言って自宅に戻ることもできない。中には歩いて国道に向かい、そこでタクシーやバスに乗ろうと考える人たちもいた。僕もそうしようかと思ったが、駅員さんから他の駅で同じような方々が乗られているだろうからバスが来たとしても乗車できないのではないかと言われ、結局僕はその駅で小一時間ほど待機した。もしかしたら電車が動いたりするかも知れないと、全く根拠のない微かな希望を持ったのだ。僕の他にも大勢の人が待機していた。僕と同じ考えだったかどうかはわからないが……。
     しかし、僕のそんな微かな希望など叶うはずがなく、待てど暮らせど電車運行は再開されなかった。
     じっとしていられない人は駅から国道方面へと向かっていた。電車運行再開をほぼ絶望と判断し前述したバスやタクシーに望みをかけたのだろう。そんな人たちを僕は眺めていたのだけれど、結局僕も国道方面に向かった。確率としては、やはりそちらの方が高いと思えたのだ。
     しかしそれもほぼ無駄だった。
     国道の都心部へと向かう方向は大渋滞。バスはおろかタクシーの一台さえその姿はなかった。道路には一般の乗用車とトラックがひしめいていた。おそらく普段は電車に乗っているであろう人達が車に切り替えたりしたのだろう。その様を見たからかどうかはわからないが、皆、国道をトボトボと都心部に向かって歩いているではないか。
     僕はスマホのマップで職場までの距離を確認した。歩いて行けないことはない。だがそれは数時間を要する彷徨のようにも思えた。
     よくよく考えてみるに実際に徒歩で職場に行ったことなど一度もない。どんなに少なく見積もっても要する時間は一時間を下ることはあるまい。冷静に考えれば、そもそも歩いて職場に向かうことなど、ほぼ不可能だと、僕はその時になって初めて気が付いた。こういう状況は人間の思考能力を著しく狂わせるものだということを僕はこの時久々に思い出した。
     時刻は既に午前11時半になっていた。このまま何かしらの手を使って職場に向かったとしても、いったいいつ着くのかという思いが僕を支配し始めていた。何か絶対にはずせないイベントが今日あるわけではない。つまり絶対に出勤しなければならないというわけではないのだ。仮にたどり着けたとして果たしてどれだけの仕事ができるというのか。最悪の場合、職場に行けたとしても今度はそこから帰ることができるのかという不安も頭を過った。逆方向に向かう道路は、さほど渋滞していない。のんびり待てば自宅方向へのバスが来るだろう。
     僕は大いに悩んだ。そんな時スマホにメールが届いた。今頃になって会社からメールが届いた。そこには、今日は事情が事情だけに会社として休日とするということと、客先に出ている人間(つまりは僕のような人間)は、可能な限り休みとするか、早急に自宅に戻るということを客に説明して承諾してもらうように、というような指示が書かれていた。
     それを見て僕は出勤を断念した。客先に電話をし、そちらに向かうことが困難であり今日は出勤を断念する旨を告げた。相手は問題なく了承してくれた。既に任意での帰宅指示も出ているとも聞いた。だから僕は目的地を職場から自宅に変えた。

     詳細を書くと更に話が長くなるから割愛するが、それから約3時間ほどかけて僕は自宅に帰ることができた。本当にもう身体はクタクタだった。
     家人から聞いたが、地震自体はかなり大きかったらしく、阪神大震災の時のことを思い出さずにはいられなかったらしい。僕はその時は走行中の電車内にいたから全然感覚がなかったのだが、そんなに大きな地震だったのだと改めて思った。
     それから僕はずっとテレビのニュースを観続けた。震源地からは少々離れてはいるが僕が住んでいる地域は広い意味で震源地と同じく「北摂」と呼ばれる地域内にある。だから弥が上にも気になったのだ。
     
     結局夕方になってもJRは全線運転再開には至らず、ニュースでは橋を歩いて淀川を渡っている多くの人たちの様が映し出されていた。電車が動かないものだから帰るに帰れないという人たちの様も映し出された。それを見て、あのまま頑なに職場に向かい、仮に職場にたどり着いた場合の、その後のことを考えた。おそらく僕自身もニュースで放映された人達と同じ目に遭っていただろう。夕暮れの中を電車が動かない線路を尻目に果てしなく続くような道をトボトボと歩いていたんじゃなかろうか。そしてそれが響いて明日は激しい筋肉痛で仕事を休む羽目に陥ってしまうことになっていたのではなかろうか。
     それらを考えるとあの時点で出勤を断念して正解だったのだろう。おかげで今僕はいつもと変わらない夜を送ることができている。しんどい目に遭った方々に対してはお気の毒としか言いようがないが、やはり大きな自然災害の類が発生したら、それでも頑なに職場に向かうのではなく、自宅に戻るということの方が正しい選択なのだと、僕は今回改めてそう思った。
     安全はすべてに優先される。そして我が身は自分で守らねばならんのだ。そして、こういう時は「仕事なんてクソくらえ!」と考えるべきだ。そうしなければ人間としての正常な判断ができなくなる。これは今回僕が経験したことだから間違いない。参考にして頂ければ幸いだ。

     ちなみに今更僕ごときが書くまでもないが、まだあと一週間くらいは大規模な余震が発生する可能性があるそうだから、大阪、京都、兵庫に住む皆さん、注意しましょうね。僕もしばらくは注意しようと思います。



    にほんブログ村 ライフスタイルブログ 穏やかな暮らしへ
    にほんブログ村




    theme : 日記
    genre : 日記

    おすすめ

    プロフィール

    イクタシバ イタル

    Author:イクタシバ イタル
    イクタシバ イタル
    いくたしば いたる 
    50代半ばのオッサン。
    今も現役のSE&PG。
    好き勝手なことを書いています。
    望んでいるのは結局穏やかな暮らしなのでしょう。

    最新コメント
    最新記事
    カレンダー
    05 | 2018/06 | 07
    - - - - - 1 2
    3 4 5 6 7 8 9
    10 11 12 13 14 15 16
    17 18 19 20 21 22 23
    24 25 26 27 28 29 30
    月別アーカイブ
    カテゴリ
    アクセス数
    リンク
    RSSリンクの表示
    レンタルサーバー
    よろしければポチっとね
    よろしければポチっと

    FC2Blog Ranking

    広告1
    広告2
    広告3